《 観ずる東京23区 その26 》
アニメの聖地
東京23区研究所 所長 池田利道
クール・ジャパンとKokkaiseimon
最近「クール・ジャパン」なる言葉をよく耳にする。経済産業省には「クール・ジャパン室」もあるそうだ。温暖化が進み過ぎたので、日本全体を冷やそうというのではない。ゲーム、アニメ、Jポップなど日本のポップカルチャーを海外にPRし、日本独自の文化産業の世界的なビジネス展開を図るとともに、外国人観光客を呼び込もうとする取組みらしい。
「クール」とは、アメリカのスラングで“かっこいい”という意味。日本のよさを紹介する施策が何でアメリカのスラングなのかは、イギリスの「クール・ブリタニカ」のパクリに由来するから。何ともかっこう悪いとため息が出るが、横文字の方がかっこいいと思う人も多いのだろう。
そういえば先日、道路標識をローマ字表記から英語表記に切り替えるとのニュースが話題になった。「国会正門前」は、“The National Diet Main Gate”に改められるとのこと。しかし、道路標識は交差点名という地名を示しているのであって観光案内ではないのだから、日本語のローマ字表記で何の問題もない。“Kokkaiseimon”がダメというのであれば、地下鉄駅の国会議事堂前は“The Diet Building”に、虎ノ門は“Tiger Gate”になってしまう。
いずれ劣らぬアニメのまち
血圧が上がりそうなので先に進もう。クール・ジャパンのメインコンテンツは、何といってもアニメ。アニメの舞台となった場所を訪ねる「聖地巡礼」に、国も地方も熱き視線を注いでいる。
練馬区、杉並区を中心とする東京23区の西北部一帯は、アニメの一大聖地だ。日本には約200社のアニメ制作会社があるが、このうちの半数近くが練馬区に、3分の1以上が杉並区に集まっている。
西武新宿線を上井草で降りると、駅前にガンダムのモニュメント。ガンダムシリーズを制作するサンライズ社をはじめ、上井草には多くのアニメ関連会社が立地する。ガンダム像は、区、地元商店街、サンライズ社、西武鉄道のスクラムが生んだアニメのまちのシンボルである。
上井草駅前のガンダムモニュメント
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上井草と荻窪の真ん中あたりにある杉並アニメーションミュージアムは、日本で最初のアニメの総合博物館だ。様々な体験が楽しめる参加型展示を特徴とする。入館料無料も嬉しい。
アニメのまちとなると、練馬区も負けてはいない。何しろここは日本のアニメ発祥の地である。1958(昭和33)年に、わが国最初のカラー長編アニメ映画『白蛇伝』を制作したのが大泉の東映動画(現・東映アニメーション)。テレビの方も、国産初の連続長編アニメ『鉄腕アトム』が、1963(昭和38)年に富士見台の虫プロダクションで産声をあげる。
練馬区には多くの漫画家たちが居を構え、ここを舞台とした作品も多い。区もアニメのまちづくりに熱心だ。アニメのフェスティバル「アニメプロジェクトin大泉」は、今年で10回を数える。大泉学園駅には、地元在住の松本零士作『銀河鉄道999』に登場する「車掌」の像が立ち、発車の合図に『銀河鉄道999』のメロディが流れる。
すべては、ひとりの天才から始まった
日本のアニメがかくまで隆盛していった背景には、ひとりの天才の存在を忘れることができない。手塚治虫である。手塚を慕う多くの若き英才たちが集い、「漫画家の梁山泊」といわれたトキワ荘は、西武池袋線椎名町駅の南、豊島区南長崎にあった。藤子・F・不二雄、藤子不二雄○A、石ノ森章太郎、赤塚不二夫・・・。日本アニメのパイオニアたちが、ここから巣立っていく。
ときわ荘の跡地には、当時の建物を摸したモニュメントが立つ。近くの公園にある「トキワ荘のヒーローたち」の記念碑や、下積み時代の漫画家たちが通ったラーメン「松葉」が聖地に華を添える。
手塚がトキワ荘に住んだのは、1953(昭和28)年から翌54年にかけてのほんの短い間だけで、入居時期が重なるのは『スポーツマン金太郎』の寺田ヒロオくらい。両藤子不二雄は手塚が引っ越した後の部屋に入る。石ノ森や赤塚が入居するのはさらにその後。ただし、手塚は退去時に部屋の敷金をそのままにしておいた。若き才能を育んでいこうとする手塚の思いがトキワ荘を支え、やがて日本アニメの大きな成長へと繋がっていったのだ。
聖地の中の聖地
トキワ荘を出た手塚治虫が次に住んだのは雑司が谷。鬼子母神参道のけやき並木に面する「雑司が谷案内処」の裏に建つ並木ハウスだった。「雑司が谷案内処」には、並木ハウスでの作業風景を描いた手塚のスケッチが展示されている。
「さあ帰ろう」と高田馬場で電車を待っていたら、アトムのメロディが聞こえてきた。高田馬場駅前のJRと西武線のガードには、手塚キャラクターの大壁画。2003年4月7日、アトムは高田馬場にある科学省精密機械局で生まれる。これぞまさに、聖地の中の聖地である。
高田馬場手塚キャラクターの壁画
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たかがアニメ、されどアニメ。アニメをきっかけに日本語を学び始めたという外国人は多い。そんなアニメに光を当て直したのは、クール・ジャパンの大きな功績である。だがその一方で、悪乗りし過ぎの面も否定できない。コスプレもクール・ジャパンというのは笑って済ませるが、怪しげな和食を正す「食の伝道師」となると首をかしげる。ラーメンもカレーもナポリタンも、本場からみれば怪しげな料理だ。超怪しげなトルコライスなるものもある。しかし大人の国は、いちいち目くじらを立てない。食文化とは、そんなものだと分かっているからだろう。
文化は官製になった途端に、ろくでもないものに姿を変えてしまう。もう止めておこう。また血圧が上がりそうだ。