《 観ずる東京23区 その23 》
滝 浴 み
東京23区研究所 所長 池田利道
風流を競った殿様たち
「滝浴み」と書いて、「たきあみ」と読む。何とも涼しげな言葉である。
滝にはマイナスイオン効果もある。科学的根拠が曖昧だとかで最近トンと耳にしなくなったが、滝のそばに行くと元気になったような気になるから、個人的には捨て難い。
江戸時代のお殿様は屋敷内に滝を造り、滝浴みを楽しんだ。「武州第一」と称されたのが、島原藩松平家抱屋敷にあった千代ヶ崎の滝。場所は、目黒区の元・東京都教職員研修センター(現・警視庁目黒合同庁舎)のあたり。3段構えの滝だったと伝えられるが、広重の名所江戸百景のうち「目黒千代か池」では5段のようにも見える。確認しようにも、今は影も形もない。
人工の滝なら、同じ目黒区の西郷山公園にもある。と、暑い中を訪れたのに水が流れていない。目黒区役所の話では、夏場は9時半~11時半と14時~16時に限って水を流しているとのこと。改めて指定時間に訪れたら、20mの落差を誇る見事な滝の姿があった。
西郷山公園は、西郷隆盛の弟従道の邸宅跡。さらに過去を遡ると、豊後岡藩中川家の抱屋敷。しかし、滝はごく新しいものと思える。落ちた水は滝つぼに溜まることなく、そのまま地下の貯水槽に流れ込んでいくようだ。だとすれば、これは一種の噴水か。横に水を吹き出す「マーライオン」も噴水だとすれば、上から下に落ちる噴水だってあっていい。
修験道のメッカ
東京23区にも自然の滝がある。等々力渓谷の不動の滝は、断崖の中腹から双筋の水が流れ落ちる。崖の上に建つ等々力不動は、真言宗中興の祖興教大師が、役の小角が彫った不動尊に導かれて開いたとされる修験道の霊場。多くの修験者たちがこの滝に打たれて行に励んだ。
等々力の地名は、不動の滝の音が轟きわたったことから名づけられたとの説がある。等々力不動の正式名は瀧轟山明王院。まさに滝が轟いている。今の水量は轟くには物足りないものの、東京という大都会の湧水と考えれば立派なものである。それ以上に、鬱蒼とした緑の中にせせらぎが流れる等々力渓谷は、しばし猛暑を忘れさせてくれる別天地だった。
不動の滝は滝の名前としてはごくポピュラーで、板橋区にも赤塚不動の滝がある。富士山や大山など霊山に詣でる際、身を清める「みそぎ」の場だったそうだ。周辺の宅地化が進むにつれて水量は減り、今ではちょろちょろと流れ落ちる程度。しかし、涸れることはないらしい。バス通りに面しているにもかかわらず、一歩中に入っただけで荘厳な空気に包み込まれる。地元の人と思しき自転車が止まり、暫時手を合わせて通り過ぎて行った。
マイナスイオン満喫
江戸庶民の滝浴みは王子。王子あたりで石神井川は、蛇行しながら丘陵を深く削って流れ、「王子七滝」と呼ばれるいくつもの滝を生み出した。
王子七滝のうちひとつだけ現存している名主の滝は、王子稲荷の北側にある。石神井川とは離れているが、かつてこの辺りには石神井川から別れた上郷用水が流れていた。安政年間(19世紀中ごろ)に王子村の名主畑野孫八が自邸に開き、一般開放したのが始まりで、「名主」の名はここに由来する。昭和の初めには、精養軒が所有してプールを営業していたとも。滝が流れるプールだったのだろうか。
名主の滝には男滝、女滝、湧玉の滝、独鈷の滝の4つの滝がある。訪れた時、女滝には水が流れておらず、独鈷の滝には「故障」の張り紙。湧き水が涸れてしまい、今は地下水をポンプで汲み上げて流しているとのこと。それでも、8mの落差を一気に駆け落ちる男滝の迫力は満点だ。流れのすぐそばまで近づくことができるのも魅力。マイナスイオンの信奉者としては、嬉しい限りである。
王子なら区立公園巡りが面白い
名主の滝は、北区立名主の滝公園にある。北区の公園面積の総面積に対する割合は4.9%。東京23区平均(6.4%)を下回り、23区中の順位は14位。上から数えるより、下から数えた方が早い。
とはいえ、公園の面積は大きな都立公園がひとりで数値を稼いでいるところが無きにしも非ず。その意味では、区立公園の面積を比べる方が、公園の充足度を測る指標として適しているのかも知れない。
北区の区立公園面積は、区の面積の4.4%を占める。23区平均の2.9%を大きく超え、墨田区、板橋区に次ぐ第3位。しかも、中身が濃い。日本最初の公園である飛鳥山公園も区立。石神井川沿いには、音無もみじ緑地、音無さくら緑地など、かつての石神井川の蛇行を活かした公園もある。音無もみじ緑地は、王子七滝のひとつ弁天の滝のあった場所で、石神井川の川面まで近づける。音無さくら緑地では、東京の基盤を形作る自然露頭を観ることができる。
王子駅前の音無親水公園もお勧めスポットのひとつだ。「日本の都市公園100選」に選ばれている。東京23区で同じ名誉に浴するのは、日比谷公園、上野公園、代々木公園、水元公園。いずれ劣らぬ都立の大公園が居並ぶ中にあって、区立の星と呼びたくなる。
江戸の庶民に習い、夏の一日「王子遊び」はいかがだろうか。お土産には、落語「王子の狐」にも登場する扇屋の玉子焼。
珍しくお土産を買って帰ったりすると、「馬の糞かも知れない」と言われそうだって? そこはノーコメント。普段の心掛け次第だろう。