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「お暑うございます」 ― 猛暑も涼しく 楽しんで 《 観ずる東京23区 その22 》

 《 観ずる東京23区 その22 》


       「お暑うございます」― 猛暑も涼しく 楽しんで




                     東京23区研究所 所長 池田利道




熱帯化する東京の夏

 お暑うございます。この後に「地球温暖化が…」と続くのが昨今の会話の基本パターンだ。しかしその一方で、「地球は氷河期に入りつつある」との説もある。

 東京(大手町)の気温の変動を、1963年から10年毎に追ってみよう。まず、最高気温が35℃以上になる猛暑日の数。1963~72年=15日、73~82年=10日、83~92年=17日、93~02年=44日、03~12年=44日。20年前から急に猛暑日が増え出した。最低気温が25℃以上の熱帯夜はもっとトレンドがはっきりしている。順に、125日⇒177日⇒257日⇒299日⇒339日。近3年間の熱帯夜の平均回数は年間51日。1960年代には12~13日程度であったことと比べ4倍以上の増加である。

 地球規模での気象メカニズム論はともかくとして、ヒートアイランド現象によって東京の夏が熱帯化していることに間違いはない。しかも、気象庁発表の気温は、百葉箱の中で測られたもの。最近は百葉箱ではなく白金抵抗式電気温度計らしいが、照り返しがなく風通しが良い場所での地上1.5mの気温という条件は変わらない。

 気温が30℃の日中、直射日光が射すアスファルト路面は50℃にもなるという。これに、エアコンや自動車の排気熱が加わる。気象庁の発表値と実際に感じる温度との間には、少なく見積もっても10℃以上の差がある。


“壁にゴーヤ”!?

 いや、夏が暑いのは当たり前。「家の作りやうは、夏をむねとすべし」と兼好法師がいったのは、700年も昔のことだ。暑い夏をいかに涼しく過ごすかに、日本人は知恵を絞り続けてきた。

 子どものころ、夏が来ると部屋のふすまを取り払い、すだれを下げた。軒には風鈴を釣り、壁にヘチマを這わせた。夕方には打ち水をし、夜は蚊帳を吊った。いつから蚊帳を吊らなくなったか覚えていないが、気がつけばクーラーに頼る生活になっていった。

 徐々に考えが変わり始めたのは、10年くらい前からだろうか。なかでも近頃よく目にするようになったのが「緑のカーテン」。洒落た呼び名に変わったが、まさに「壁にヘチマ」である。

 経験者曰く、ビギナーはゴーヤから始めるのがお薦めとのこと。葉が大きく密に茂るため、遮光・冷却の効果が大きいだけでなく、虫もつきにくいので育てるのが簡単。しかも、沖縄が長寿を誇る秘密のひとつとされる健康野菜のおまけまでついてくる。

 緑のカーテンは、部屋の温度を2℃ほど下げ、エアコンの使用電力量を2~3割減らす効果があるらしい。さらに格好の目隠しになるから、窓を開けて涼しい風を取り込める。そうなれば、省エネ効果はもっと大きくなるだろう。


緑のカーテンは板橋発

 国土交通省の調査によると、2012年度に緑のカーテンに取り組んだ都道府県市町村の数は369団体。11年度の231団体と比べ6割も増えている。取組みの内容で一番多いのは公共施設、とりわけ学校への導入。緑のカーテンは、環境教育の生きた教材である。

 10年前の2003年夏、板橋区立板橋第七小学校で緑のカーテンへのチャレンジが始まる。残念ながら初めの年は失敗に終わるが、翌年は見事に緑が茂り、この年の「地球温暖化防止活動環境大臣表彰」を受賞する。「壁にヘチマ」そのものは古くからある知恵ながら、全国に広がっていった「緑のカーテン運動」は板橋区から始まったといっていい。


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  板橋第七小学校の緑のカーテン
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 今では、区内の全区立小・中学校・幼稚園の校舎を緑のカーテンが覆い、板橋の夏を彩る風物詩となった。旗振り役の区役所は、大カーテンが名物だった南館が建替え工事中だが、今年も北館の南壁面に緑が茂っている。


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  板橋区役所の緑のカーテン
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 板橋区役所前から都営地下鉄に乗って5つ目。蓮根駅の西に広がるはすねロータス商店街は、商店街全体で緑のカーテンに取り組む。薬局も美容院も食料品店もラーメン屋もおでん屋も、みんな緑のカーテンだ。ノレンならぬ緑の葉っぱをくぐり、小料理屋で冷えたビールをグッと一杯。考えただけで喉がなる。つまみは、蓮根に敬意を表してレンコンのきんぴらとするか。それともやっぱりゴーヤにするか。


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  蓮根ロータス商店街の緑のカーテン
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楽しくないと続かない

 2004年の「地球温暖化防止活動環境大臣表彰」では、昔ながらの知恵を新しく活かすもうひとつの取組みにも賞が贈られた。江戸開府400年にあたる2003年の8月25日に、「江戸の知恵に学ぼう」と都内各地で一斉に行われた「打ち水大作戦」である。「みんなで打ち水をして、気温を2℃下げよう」。この合言葉だけで始まった運動は、瞬く間に全国各地に普及していく。

 浴衣姿の子供たちや若い人たちに、青い眼も混じる打ち水イベント。どの会場にも共通しているのは、楽しそうな笑い声だ。いかに立派な能書きを並べても、長続きしなければ意味がない。長く続くには、楽しくなくてはならない。環境活動も省エネもまちづくりも、すべて根は同じ。そして、もうひとつ忘れてはならないのは、見ているだけでなく参加することである。


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  みんなで打ち水
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 100円ショップでアルミのヒシャクを買ってきて、家の前で打ち水を始めた。通りがかりの見知らぬご婦人から、「お暑うございますね」の言葉が笑顔と一緒に帰ってきた。猛暑をさわやかな風が吹き抜けたのは、水の効果だけではなかったようだ。