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草市あれこれ 《 観ずる東京23区 その20 》

 《 観ずる東京23区 その20 》


        草市あれこれ





                        東京23区研究所 所長 池田利道






7月のお盆

 根が関西人のせいか、7月のお盆はどうもピンとこない。もっとも7月のお盆は、首都圏中心部などごく一部の地域に限られるそうだ。

 明治の初めに新暦が採用されて以降、年中行事の季節感にはどうしようもないズレが生じてしまった。3月3日の桃の節句には、まだ桃の花は咲いていない。「六日の菖蒲、十日の菊」とは、「5月6日の菖蒲、9月10日の菊のことで時期遅れの意味」といわれても、ピンとこない人の方が多いかも知れない。にもかかわらず、従順な日本人はズレた節句を文句も言わずに受け入れている。

 であるのに、なぜお盆だけが月遅れなのか。通説では、7月は農繁期であるため、新暦の受入れが根づかなかったとされる。7月7日の七夕も、大きな祭りは月遅れが多いのは同じ理由からだとか。分かったようで分からない話だ。昔ならいざ知らず、今や7月が農繁期なんて理由にならない。

 思うに、気候との関係があるのではないだろうか。例年、なら7月半ばはまだ梅雨の真っ最中。雨では迎え火も炊けないし、灯籠流しもできない。七夕にしても、織姫と彦星のデートは毎年お預けだ。

 東京でも盆踊りは梅雨が明けた7月下旬以降に行うところが多い。かくして東京の子供たちは、盆踊りがお盆の行事のひとつであったことを忘れていく。


草市の名残り

 かつてお盆が近づくと草市が立った。草市とは、おがら、盆ござ、盆提灯、ナスやキュウリで作った牛馬、ハスの葉、盆花などお盆用品を売る市のこと。何とも涼やかなネーミングである。

 東京では草市はほとんど姿を消した。しかし、7月に入ると草花を売る市が賑わいを呼ぶ。なかでも人気が高いのは、入谷鬼子母神真源寺の朝顔市と浅草寺のほおずき市だろう。

 「恐れ入谷の鬼子母神」の朝顔市は、毎年7月6日~8日の3日間。朝顔の別名を牽牛花と呼ぶことから、鬼子母神では朝顔市を七夕行事のひとつとしている。とはいえ、七夕はもともとお盆の行事をルーツとする。7月7日の夕方に盆棚(精霊棚)をあつらえ、祖先の霊が降りる依代として笹を立てた。その意味では、入谷朝顔市も草市に通じるものがある。

 今年の東京は7月6日に梅雨が明け、7日からは猛暑日の連続。朝顔も熱中症気味の様子だった。

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  入谷朝顔市
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 入谷朝顔市に続く7月9日、10日は浅草寺の境内にほおずき市が立つ。これも毎年同じ日。7月10日は四万六千日。1日の参拝で46,000日分の功徳があるとされる浅草寺の一大縁日である。

 もともと芝愛宕神社の縁日で薬草としてほおずきが売られ始め、いつしか浅草寺の方が有名になったというが、ここには明らかに草市との関連がみて取れる。ほおずきは、盆飾りの必須アイテムだ。6月24日の愛宕神社のほおずき市では早すぎる。7月10日。この日付に意味がある。そう考えてまず間違いあるまい。

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  浅草寺ほうずき市
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テキ屋と香具師(やし)

 昔ながらの草市は、東京から完全に姿を消してしまったのか。中央区観光協会のホームページによると、「月島西仲通り商店街の『月島草市』は、下町情緒豊かなお盆の道具を売る店が出る東京では貴重な季節市」とのこと。期待に胸を膨らませ、いざ月島へ。

 お盆用品は、屋台の裏側にひっそりと置かれていた。それも1店だけ。時代が時代だ。おがらはスーパーで買うことにして、縁日の方を楽しもう。

 射的に子供たちが群がっている。うまく鉄砲のバネが引けない小さな子の周りで、「ちょっと貸してごらん」とばかりに、年上の女の子たちがワイワイ騒ぎながら世話を焼いている。

 テキ屋の語源は、「的屋(まとや)」(今は玩具の鉄砲だが、かつては小弓)の「的」を音読みにしたとの説がある。とすれば、テキ屋はアミューズメント系。これに対して、香具師は物販系。「やし」の語源は、薬師に由来するらしい。ガマの油売りがその代表である。

 ガマの油は、口上で客を引きつける啖呵売が命。「持ってけ泥棒!」のバナナの叩き売りもその流れを汲む。「やけのやんぱち日焼けのなすび、色が黒くて食いつきたいが、あたしゃ入れ歯で歯が立たぬ」。流れるようなフーテンの寅さん口上は、今も耳の奥に残る。

 さすがに啖呵売はないが、月島の草市には乙に澄ました現代風の縁日には見られない一種の猥雑さがある。縁日なんて所詮猥雑なもので、そこにませたガキがいてはじめて絵になる。といったら、月島の方々に失礼だろうか。

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  月島草市の射的屋
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緑が溢れ出るまち

 植木屋という商売がある。産業分類上は園芸サービス業で、農業に属する。東京23区には130余りの店があり、世田谷、杉並、大田、練馬の4区でその半数近くを占める。一方、中央区は2店、台東区も2店、墨田区は1店、荒川区はゼロ。広い庭のある家が少ないと、植木屋さんも商売にならない。

 では、下町の生活は緑に欠けるのかというと、決してそうではない。延長500m弱の月島西仲通りには、両側合わせて20を超える路地が交差する。幅はせいぜい2~2.5m。どの路地にも緑が溢れている。植木鉢あり、プランターあり、トロ箱あり。ブロック塀に囲まれた庭の草木は内向きの緑。路地にはみ出す草花は外向きの緑。自分ひとりで楽しむのではなく、みんなで楽しむ。ここでは、緑を愛する心が人を愛し、まちを愛する心の中にある。

 こんなまちだから、自分のことより他人のことが気になって仕方がないませたガキが生まれてくる。このまちで、彼らは心豊かな大人へと育っていくに違いない。

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  月島の路地
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