《観ずる東京23区 その3》
世田谷パン祭り
東京23区研究所 所長 池田利道
世田谷ライフスタイル
東京23区で一番八百屋が多いのは大田区。さすが日本一の青果市場である大田市場のお膝元だ。大田区は、魚屋の数も23区最多。こちらは江戸前の名残りだろうか。
肉屋が一番多いのは足立区。足立区には焼肉屋も多い。飲食店全体の数は23区中9位ながら、焼肉屋は新宿区、港区に次ぐトップ3の位置を占める。焼肉と聞くと、のどがゴクリと鳴るのが呑んべえの性。ご安心を。足立区は酒屋の数もダントツに多い。
ではパン屋は? 最近のパン屋は、ホームメードのベーカリーショップが主流になった。そのベーカリーショップが一番多いのは世田谷区である。
世田谷区は、手づくりの菓子屋(ケーキ屋を含む)も23区で一番多い。他に、世田谷区の一番を並べてみよう。花屋、ペットショップ、動物病院、生花・茶道教室、フィットネスクラブ・・・。
世田谷区民のライフスタイルが彷彿としてくるではないか。
パン屋さん大集合
11月23日。そんな世田谷区ならではの祭りに出掛けた。三宿通り(都道420号)沿いに延びる「三宿四二〇商店街」と、池尻中学校跡を活用してクリエーターの養成に取り組む「世田谷ものづくり学校」がタッグを組んで開催する『世田谷パン祭り』だ。
当日はあいにく傘が放せぬ空模様だったが、メイン会場の池尻小学校体育館前には長~い行列。15分待ちで会場に入ると、地元世田谷区をはじめ全国から集まった57店のパン屋さんが所狭しと並ぶ。
買ったばかりのパンに早速かぶりつく人たちから、揃って笑顔が浮かぶ。商店街のデリバリー受付コーナーで、人気レストランのメニューを注文する人も、今夜のディナーに限ってはパンが主役に違いない。
ものづくり学校の会場では、パンをテーマとしたトークショーやワークショップも行われている。パン好きの世田谷区民にとっては、たまらない1日だろう。帰りに立ち寄った世田谷公園会場(こちらにも16店のパン屋さんが軒を連ねる)は、入場制限で20分待ちだったが、後ろに並んだ若い女性の2人連れは、ずっとパンの話題が尽きなかった。
世田谷パン祭りは、まだ今年で2回目。にもかかわらず、しっかりと地元に根を下ろしつつある。世田谷からまた一つ新しい文化が生まれた。ますます大きく育ってほしい。
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三宿の「宿」に宿るもの
三宿は、大山道(現在の国道246号)沿いに本宿、北宿、南宿の3つの宿場があったことからその名がついたとの説がある。だが、どうやらこれは都市伝説に過ぎない。
では、三宿は何の「宿」だったのか。謎を解くカギは、お隣の池尻にあった。
池尻大橋駅のすぐそばにある池尻稲荷。玉川通りに面して建つ鳥居をくぐり、石段を上った左手にある手水舎は、「薬水の井戸」とも「涸れずの井戸」とも呼ばれる井戸の水だ。手水舎向いの祠は水神社で、蛇が祀られている。本殿左の小さな社は清姫稲荷。ご神体は白蛇らしい。
かつて、この辺りには「蛇池(あるいは龍池)」と呼ばれる池があった。川と同じように池にも上流と下流がある。水が流れ込む方が上流、注ぎ出る方が下流。その最下流端だったから「池尻」の名がついた。対する上流部は「池ノ上」。池尻大橋駅から井の頭線の池ノ上駅までは約1.5kmあるから、相当大きな池だったのだろうか。実際は、池というよりも、沼沢地が広がっていたようである。
大山詣の旅人は、お隣の三軒茶屋で一服し、世田谷線の上町駅辺りにあった世田谷宿で宿を取った。三宿に宿っていたのは水。水が宿る「水宿」が、三宿の名を生んだ。
何もない原っぱ
今の三宿は、ジメジメした湿地など思いもよらない。閑静な街並みの中に、トレンディなレストランやショップが点在するお洒落な街である。知る人ぞ知る隠れ家的存在で、芸能人が出没する店も多い。
ちょっと古いが、10年前に『出没! アド街ック天国』で三宿が取り上げられたときの6割が飲食店。物販ショップを加えると、8割以上を占めた。
しかし、三宿には「知る人ぞ知る」もっと違った魅力がある。三宿交差点から北へ歩くこと10分余り。多門小学校に向う坂道を上ると「三宿の森緑地」に着く。
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法務省の研修施設跡地に、地元の人々の粘り強い努力によって実現したこの緑地には、「森」というだけあって樹齢を重ねた樹々が茂る。地域の防災拠点として、かまどベンチなど防災設備も整っている。だが、何といっても最大の魅力は原っぱ。何もない原っぱだ。
直径50mほどの空間はヒューマンスケールに合っているのだろうか。何もない原っぱで、何もしないでいると、なぜか心が豊かになってくる。
世田谷ライフスタイル。気取りを感じさせるその言葉の響きに、何となく抵抗を感じていた。だが、こんな空間を生み、かつ守り続けているとしたら・・・。世田谷ライフスタイルの実力に改めて脱帽せざるを得ない。
何もない原っぱがそう教えてくれた。