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おかみさんのまち、奥さまのまち 《 国勢調査雑感 その5 》

おかみさんのまち、奥さまのまち

-(続)主婦の就業率が示す、もう1つの東京の素顔-


              東京23区研究所 所長 池田利道


「目黒のさんま」
 
 刑事コロンボの「うちのかみさんが…」は、原語では単に“My Wife”だそうだ。これを、「私の奥さんが…」と訳したら、全く味気がなくなってしまう。

 もともと商家や職人の主婦を「(お)かみさん」、武家の主婦を「奥さま」と呼んだ。身分社会だった江戸のまちでは、おかみさんエリアと奥さまエリアは、はっきりと分かれていた。神田・日本橋、つまり千代田区と中央区の北半分が由緒正しきおかみさんエリア。その後、浅草、本所、深川などに広がり、関東大震災以降は一気に荒川の西側一帯がおかみさんエリアとなる。

 奥さまエリアの方は、千代田区の南半分を中心に、港区、文京区、新宿区の一部など。今日、奥さまエリアの代表とされる世田谷、杉並、目黒などは純農村で、いわば「かかあ」の世界だった。
 落語の「目黒のさんま」は、目黒が農村だったことを知らなくては面白さが半減してしまう。


あこがれの専業主婦

 奥さまのまちとおかみさんのまちを、データで分ける指標はあるのだろうか。

 商店でも、町工場でも、はたまた農家でも、主婦は主要な労働力だ。これは、今も昔も変わらない。一方、つい数世代前までは、サラリーマン家庭では専業主婦がごく当たり前だった。武士はサラリーマンであり、その伝統を受け継いだのが現代のサラリーマンである。

 農家や商人の娘たちは、サラリーマンと結婚し、専業主婦になることにあこがれた。高度経済成長の時代とは、いわば日本の国民がこぞってサラリーマン化していく時代である。この激動の時代の中で、男たちは「いずれ社長になる」という夢を描き、結局その大半が挫折する。片や女たちは、専業主婦の夢をしっかりと実現させた。

 「だから、女性は遅れていたのだ。いや、遅らされていたのだ」と、フェミニストたちは声を張り上げる。なるほどそれも1つの見方だろう。しかし、多くの女性が専業主婦にあこがれた時代が、そう遠くない過去に存在していた事実は否定することができない
足立も江戸川も奥さまのまち

 話を戻して、現代版「おかみさんのまち」と「奥さまのまち」を、主婦の就業率を手掛かりに色分けしてみよう。

 おかみさんのまちのトップは、主婦就業率59%の台東区。以下、中央、墨田、千代田、荒川と続く。中央区と千代田区は、「心も懐も豊かに」を体現する新たな都心ライフスタイルの影響も感じさせるが、都心ライフスタイルの象徴ともいえる港区の主婦就業率が10位に止まることを考えると、やはり神田・日本橋の伝統を無視できない。

 奥さまのまちの方は、杉並、中野、北、練馬、世田谷の順。北区の主婦就業率が低いのは、同区が23区で一番高齢化しているためで、64歳以下の主婦に限ると就業率は23区の平均を超えている。

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※画像はクリックで拡大

 興味深いのは、荒川以東の東部3区だ。葛飾区は11位で、かろうじて23区の上位半分に滑り込んではいるものの、足立区は18位、江戸川区は16位。ちなみに、両区に挟まれた17位は、これまた誰もが納得する奥さまのまち目黒区である。

 山の手線は山の手を走っているからその名がついた。今、私たちがイメージする山の手エリアは、実は「新山の手」だ。同様に下町も、時代につれて移ろっている。寅さん、両さんのまち葛飾をはじめとして、今や東部3区は下町の代名詞となった感があるが、少なくとも足立区(ただし、千住を除く)と江戸川区は、高度成長期に宅地化が進んだ新興住宅地である。データは、その実態を正直に伝えている。


おかみさんのまちパワーが少子化を救う

 山の手(正しくは「新山の手」)と下町できれいに分かれる主婦
の就業率も、若い世代では少し様相が異なってくる。

 30代主婦の就業率が低いのは、江戸川、練馬、世田谷、足立、杉並、葛飾、大田。すべて周辺区である。高い方は、中央、品川、豊島、台東、渋谷。こちらは中心部の区が並ぶ。おかみさんのまちというよりは、キャリアウーマンのまちと呼んだ方がしっくりする顔ぶれである。

 そんな中で、トレンディという印象がさほど強い訳ではない品川区が2位に名を連ねていることは注目に値する。品川区は、未就学児に対する保育待機児童の割合ベスト2、休日保育実施率2位、学童クラブの登録児童数の割合はダントツの1位と、子育て環境の優等生だ。住民総出で子どもを見守る取り組みの先駆者であるなど、ソフト面での子育て支援も充実している。

 主婦が働くには、どうしても周囲の手助けを必用とする。それは決して新しい課題ではない。子育ても、お年寄りの世話も、時によっては夕飯のおかずの準備まで、おかみさんのまちでは隣近所が手助けしてきた。

 主婦が働くおかみさんのまちは、共助の心が息づくまちだ。そうでなければ安心して働けないし、「産みたいけれど産めない」という問題も解決しない。事実、品川区では子どもの数が増えている(詳細は、http://diamond.jp/articles/-/20209)。

 「おかみさんパワー」ならぬ「おかみさんのまちパワー」。そこに、少子化の難問を解くカギが潜んでいる。