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今も残る?「奥さま文化」の伝統 《 国勢調査雑感 その4 》

今も残る?「奥さま文化」の伝統

-主婦の就業率が示す、もう1つの東京の素顔-


         東京23区研究所 所長 池田利道


就業率の5ポイント差

 15歳以上人口に占める就業者数の割合を「就業率」という。では、就業者とは何を指すのか。国勢調査では、調査日前の1週間(9月24日~30日)に収入を伴う仕事を少しでもした人は、みんな就業者になる。パートでも、アルバイトでも、臨時雇いでも、形は問わない。

 その当然の結果として、就業機会が豊富な東京は就業率が高くなる。2010年の国勢調査結果をみると、全国平均の57.3%に対し、東京23区はこれより5ポイント高い62.4%。この傾向は、属性別に分割してもほとんど変わらない。全国対東京23区の順で、男性が68.3%対73.4%、女性が47.1%対52.1%、未婚者が59.9%対65.6%、有配偶の男性が74.2%対80.1%。いずれも図ったように5~6ポイントの差を示す。

 ところが、有配偶の女性(以下「主婦」という)だけは例外で、48.7%対49.8%。東京の方がわずかに高いとはいえ、ほとんど差がない。働く機会が多いことを考えると、東京の主婦はむしろ働こうとする人が少ないともいえそうだ。

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 ※図はクリックで拡大。


東京は「奥さま」のまちだった

 1986年に「男女雇用機会均等法」が施行されて以降、働く女性は大きく増えた。1985年の全国の主婦の就業率は48.5%。それが2010年には48.7%。えっ? 増えていない! 実は、ここにはカラクリがある。

 65歳を超えると就業率はガックリと落ちる。このため、高齢化が進むにつれて平均就業率は下がっていく。全国の65歳以上の主婦の数(65歳以上の女性で夫も健在な人)は、この25年間に3倍に膨れ上がっている。

 高齢化が進んでいるのは東京も変わらない。東京23区の65歳以上の主婦の数は、過去25年間で2.7倍増。にもかかわらず、主婦の就業率は、1985年の44.1%から2010年には49.8%へと上昇している。女性の社会進出は世のトレンド。その最先端を進む東京の姿が、主婦の就業率からも彷彿とされてくる。

 数字がたくさん出てきたが、その中に意外な結果が潜んでいたことにお気づきだろうか。1985年の主婦の就業率の全国と東京23区の比較だ。改めて数字を書き出してみると、全国48.5%に対し東京23区は44.1%。つい25年前、東京では働く主婦が少なかった。

 家の奥にいるから「奥さま」というらしい。東京はまさに「奥さまのまち」だったのである。
中年世代は「奥さま」志向

 女性の社会進出というトレンドの中にあっても、この東京の伝統は生き残っている。

 主婦の就業率を年齢別にみると、学生結婚が多い10代は数値が低いが、20代になると大きく跳ね上がる。以後、年齢が増すに従って徐々に上昇していき、子育てが一段落する40代後半~50代前半にピークを迎える。これが主婦の就業率の基本パターンであり、全国平均値もこの形をなぞっている。

 このグラフの上に東京23区の数値を重ねてみると、2つの大きな特徴が浮かび上がってくる。

 1つは、若い世代と高年齢世代では東京の方が就業率が高く、30代前半~50代前半の中年世代では逆に東京の方が低くなることだ。若い世代で東京の就業率が高いのは、社会のトレンドを若い人ほど体現しているからに他ならない。また、仕事からリタイアする人が多数を占める高年齢世代で、東京の就業率が高くなるのは、多様な価値観を持つ人が東京に多いと考えれば説明がつく。

 一方、中年世代で主婦の就業率が低くなることは、この世代に東京の「奥さま文化」が、今もまだ根強く生き続けていることを示している。

重なりあって描き出されるM字のカーブ

 もう1つの特徴は、全国値が山型であるのに対して、東京はM字型を描いていることだ。女性の年齢別就業率がM字カーブを示すことはよく知られているが、これは相異なる2つの要素が重なりあった結果として現れる。つまり、若年者は就業率の高い未婚者が多く、中高年になると40代後半にピークがある有配偶者が多くなることの足し算の結果なのである。

 とするなら、東京の主婦の中には、社会進出を強めようとするグループと伝統的な専業主婦の姿を維持していこうとするグループがあり、この両者が重なり合ってM字型の就業率を描き出していると考えられないだろうか。(グループと書いたが、AかBかときれいに分かれるものではない。同じ1人の人の中にも、2つの意識が混ざりあっているといった方が、より実態に近いのかも知れない。)

 東京のまちを歩いていると、郊外都市はもとより、地方都市でも最近は目にすることが少なくなったものに出合うことがある。近隣型の商店街の賑わいや銭湯の煙突などはその好例だろう。東京のまちは、意外に古いまちなのだ。と同時に、古さと違和感なく隣あう新しさ。その絶妙なバランスこそ、「斬新」と呼ぶにふさわしい。

 「奥さま文化の伝統なんて女性差別だ!!」。そんな声も聞こえてきそうだが、それでもそれは、あるがままの東京の姿の1つである。蛮勇をふるって、こう反論しよう。「奥さまも、おかみさんも、キャリアウーマンも、すべてを飲み込む東京のまち。この許容力が、人を惹きつけて止まない東京のバイタリティの源泉なのだ」と。