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同居するのは夫の親? 妻の親? 《 国勢調査雑感 その3 》

同居するのは夫の親? 妻の親?

-変わらぬ伝統を変える転機-


          東京23区研究所 所長 池田利道


日本は、父系社会ではない!

 上野動物園のパンダ「シンシン」の赤ちゃんは残念な結果となった。次に期待しよう。お父さんの「リーリー」とは、ご対面できず終いだったとか。赤ちゃんと同居すると、危害を加える危険があったからだそうだ。パンダは、母子家庭が自然の姿らしい。

 パンダとは違い、人間は家族を作りそれを代々伝えていく。このとき、継承の道筋が父方中心となるか母方中心となるかは、それぞれの社会のルールによって決まる。

 夫婦別姓の議論を眺めていると、とんでもない珍説に出くわすことがある。「中国や韓国は夫婦別姓だから進んでいる」というのもその1つだ。そのまた反論が、「それは女性を男性の附属物とみているからで、女性蔑視だ」と来る。父系社会である中国や韓国で、結婚しても父方の姓を名乗り続けるのは、社会のルールがそうなっているからに他ならない。中国や韓国の人たちは、自分たちが進んでいるとも、女性を蔑視しているとも思ってはいない。

 父系社会であれ、母系社会であれ、継承されていくものの代表は姓と財産と地位。結婚すると妻の姓が変わるのが普通である日本は、男系社会ではあるが父系社会ではない。財産の継承は法律で男女均等だし、地位の継承は今や政治家が気にするくらいだ。親の地位が継承さるのなら、商店街も町工場も農家も、後継者不足に悩んでいない。

大多数が夫の親と同居

 結論からいうと、わが国は不完全な男系社会である。男系とされる理由としては、上述した結婚後の姓の選択と並び、同居の形態があげられる。

 高齢社会の進展がもたらす大きな課題として、誰が老後の介護をするのかという問題がある。福祉施設の整備が不十分なわが国では、家庭介護に期待される部分が大きいが、その担い手は大部分が女性の負担に委ねられる。このとき、直接的な血縁関係のない息子の妻(嫁)が適任か、血のつながりがある娘が適任か。介護する方だけでなく、される方にとっても答えは明らかだろう。そう考えると、同居するなら妻の親を選択するのが、リーズナブルな解答となる。

 にもかかわらず、親と同居する夫婦(多世代が同居する場合、国勢調査では最も若い夫婦を基準とする)のうち、全国平均で79%が夫の親と同居している。世の最先端を走る東京23区でも、夫の親が73%。「同居するなら夫の親」という伝統が、今も強く残っていることがうかがえよう。

 ちなみに、東京23区の10年前の数値は77%。妻の親との同居が増えつつあるとはいえ、その差は僅かなものでしかない。ここからも、夫の親との同居という社会的ルールの根強さがみてとれる。

転機は、親の片方が亡くなったとき

 ところがデータを詳しくみると、同居する親が両親揃っている場合と片親だけの場合とで、結果がかなり異なることに気づく。両親揃っている場合は、夫の親との同居が81%。妻の親との同居は19%しかない。だが、同居する親が片親だけになると、妻の親との同居が30%に跳ね上がる。

 もともと3世代同居で暮らしている場合、親の片方が亡くなったからといって、同居する親を夫側から妻側に変えることはまず起こり得ない。とすれば、この結果はそれまで夫婦2人で暮らしていた親の片方が亡くなり、将来を考えて親との同居に踏み出すとき、従来の社会ルールを超えて妻の親との同居を選択する人が多いことを示している。

 もう1つ興味深い事実がある。伴侶を亡くした後、男性の6割はひとり暮らしになるが、女性はひとり暮らしが半数を切る(詳細は、ダイヤモンド・オンライン「国勢調査で発掘! 東京23区お役立ちデータ」第2回を参照されたい)。

この2つの結果を合せると、親の片方が亡くなったとき、母と娘の繋がりがにわかにクローズアップされてくることが分かる。

壮大なる「先祖帰り」が始まった?

 23区の中で、夫の親との同居の割合が一番高いのは千代田区。時代を先取る東京のド真ん中が、最も色濃く伝統を残しているのも面白い。

 一方、妻の親との同居比率が高いのは、港区、江東区、中央区、世田谷区など。これらの各区に共通しているのは、40代の割合が高いことだ。30代までは、まだ多くの親は元気だが、40代になると高齢化した親との同居が現実問題と化してくる。その40代が多い区で、妻の親との同居比率が高いことは、やがて東京全体で妻の親との同居が増えていくことを予感させる。

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※画像はクリックで拡大。

 母と娘の結びつき。それはパンダだけでなく、命あるものすべてに刻印された子孫繁栄の道筋である。家族を作り、社会を作った人間は、原始の時代は食料を安定的に得るために、その後は経済的な発展を果すために、父から息子への道筋を重視するようになった。

 だとするなら、東京で始まりつつある妻の親との同居のトレンドは、経済発展の末にたどり着いた壮大なる「先祖帰り」といえなくもない。

 夫婦別姓推進論者があげる理由の1つに、「時代は変わっている」という意見がある。しかし、親との同居パターンをみる限る、「時代」はまだ変わっていない。その一方で、「時代」が急速に変化する可能性も感じられる。目先に捉われるのではなく、「日本の新たな伝統を作る」という意気込みで、この問題に取り組んで欲しいものである。