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ふたつの人口統計 《 国勢調査雑感 その1 》

  ふたつの人口統計

    -国勢調査人口と住民基本台帳人口-

                            

                               東京23区研究所 所長 池田利道


えっ! 数字が違うんですか?

 ダイヤモンド社の情報サイト「ダイヤモンド・オンライン」で、『国勢調査で発掘 東京23区お役立ちデータ』と題した連載を執筆している。励ましの言葉であれ、お叱りの言葉であれ、読者の反応はうれしいものだ。先日はこんな問い合わせがあった。

 「あの~、数字が合わないんですけど…」。区のホームページからデータをダウンロードし、記事の検証をしてみたが、数字が合わないというのである。よく聞いてみると、住民基本台帳人口を使っておられた。「えっ! 国勢調査と住民基本台帳は数字が違うんですか?」。そう、違うのです。それも、相当違うのです。
住民基本台帳人口は外国人を含まない

 国勢調査による2010年10月1日の東京23区の人口は894万6千人。一方、同年同月同日の住民基本台帳人口は854万2千人。5%も違う。豊島区は、両者の間に何と16%もの差がある。

 国勢調査は、5年に1度の調査日に日本に常住している人すべてを対象とする。常住している人とは、3か月以上住んでいるか、住むことになっている人のこと。短期の旅行者などは対象外だが、外国人を含め日本に住んでいる人すべてを網羅する。*1

 これに対して住民基本台帳人口は、住民登録している人の数を指す。対象は日本人だけ。外国人が含まれているかいないかが、国勢調査人口と住民基本台帳人口の第1の大きな違いである。
 もっとも、外国人には外国人登録という外国人版住民登録がある。従って、住民基本台帳人口と外国人登録人口を足し合わせると、外国人問題は一応解決する。

 2010年10月1日の東京23区の外国人登録人口は35万2千人。先の住民基本台帳人口と合せると889万5千人。国勢調査人口にかなり近づくが、まだ少し違う。区別にみると、差は一層大きくなる。港区は国勢調査人口の方が10%も少なく、豊島区は国勢調査人口の方が7%多い。

*1 ただし、外国軍の軍人・軍属、その家族など一部対象外がある。米軍基地の中は日本ではないのだ。

いるはずなのにいない人、いないはずなのにいる人

 国勢調査は、2010年から一部の地域でインターネット調査がモデル導入されたが、基本的には約70万人の調査員が1軒1軒調査票を配って回る。片や住民基本台帳は、引っ越しをしたら役場から「住民登録をしましょう」と訪ねてくる訳ではない。わざわざ役場に出向いて登録するのは、行政サービスを受けるためだ。しかし、引っ越しをしても住民票を移さない人も結構いる。

 オウム真理教の高橋容疑者も菊池容疑者も、他人の住民票を勝手に使っていたらしいが、怪しまれないよう国勢調査にはしっかりと答えていたのではないだろうか。冗談はともかく、一人暮らしの学生が親元に住民票を置いたままにしておくことは、さほど珍しくない。期間の決まった単身赴任の場合もなども、同様の例が少なくないだろう。

 住民基本台帳には、いるはずなのにいない人や、いないはずなのにいる人がどうしても出てくる。2010年10月1日時点の国勢調査人口と「住民基本台帳人口+外国人登録人口」の差が、東京23区で一番小さいのは大田区の0.06%。だが、これも「いるはず」と「いないはず」がたまたま重なりあった結果に過ぎないのかも知れない。
国勢調査にも落とし穴が

 では、国勢調査は絶対か。やっかいなことに、厳密にいうと必ずしもそうではない。

 精度の高い人口調査を持っているのは、先進国の証とされる。陸続きの他国から不法移民の流入が避けられない欧米諸国と比べ、わが国の国勢調査は抜群の正確さを誇っていた。しかし昨今、プライバシーを盾に国勢調査への回答の一部ないし全部を拒否する人が現れてきている。もっといい加減な理由で、「そんなの関係ない」と調査にそっぽを向く人もいる。

 こんな時はどうするのだろうか。名前と性別と家族の数だけは、近所の人に聞くらしい。だが、それ以上は「不詳」となる。

 2010年国勢調査の東京23区の結果をみると、年齢不詳が2%、婚姻関係不詳が7%(対象は15歳以上)ある。*2日本人か外国人か不詳(外国人の国籍不詳ではない!)は年齢並みの2%。とはいえ、外国人の割合は約3%だから、「不詳」がどちらに入るかで結果は大きく変わってしまう。

 その点、住民基本台帳に年齢不詳は原則としてあり得ない。2012年1月のデータでは、住民基本台帳人口の年齢不詳は東京都内に2人だけ。23区には1人もいない。外国人の国籍もすべて分かる。

 どちらが正しいかを詮索しても意味がない。目的に応じて、国勢調査人口の方が適している場合もあれば、住民基本台帳人口の方が適している場合もある。忘れてはならないのは、どんなデータにも必ず限界があるということだ。データは絶対だと思い込むと、思わぬ落とし穴にはまり込んでしまう恐れがある。

*2 ほとんど知られていないことだが、2010年国勢調査の杉並区の年齢不詳は13.8%。7人に1人の割合に及ぶ。